1950年のある夏の日にパリのrue de sévresの
ル・コルビュジェのアトリエにインドのパンジャブ地方政府からの
一通の手紙が届きます。
当時、インドは独立したばかりです。
そして北部のパンジャブ地方は州都を新たに作るプロジェクトに
参加する建築家を探していました。
ただし条件は3年はインドに住むこと、またギャラも安く
年棒50,000ドル。
最初はまったく乗り気ではなかったル・コルビュジェは
ピエール・ジャンヌレも参加することを条件に引き受けます。
そして二人はかなりの情熱を注いでパンジャブの州都
チャンディガールの都市作りに取り組みました。
ル・コルビュジェの本名はシャルル・エドワール・ジャンヌレです。
そしてピエール・ジャンヌレは従兄弟です。
ル・コルビュジェが有名すぎてついつい影が薄くなりがちですが
ピエール・ジャンヌレはル・コルビュジェの右腕として
建築設計やインテリアのデザインも多く手がけています。
ピエール・ジャンヌレがチャンディガールのプロジェクトのために
デザインした家具たちが今やとても貴重なものとなっています。
当時の文献によるとこのスツールが作られた数は100~300。
ただその多くが今までに捨てられたり、薪として燃やされたり
しているため実際に残っている数ははるかに少ないと
言われています。
最近になってこれがとても価値があるものだとインド政府も
気がついたためインド国外への持ち出し禁止になったという
話しも聞きます。
座るとちょうどいい高さです。
時代を経てきたいい風合です。
ピエール・ジャンヌレのスツールはこちらに掲載しています→maison de clozzet
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タグ:ジャンヌレ, スツール, ミッドセンチュリー, ル・コルビュジエ
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